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googleEarthで見る中世城館:西山城編

豊後国守護大友家の館のうち、西山城(上原館)とよばれているところはまったくもって宅地化されていて地上からはよく分からないのだけど、GoogleEarthでみると結構わかったりします。今回はちょっとそれを紹介してみましょう。

なんかポップアップしてくれないので、画像は右クリックの「リンク新しいウィンドウで開く」で見てクダサレ。

で、まずは位置関係から。
Oita11 大分市中心部上空。右上(北東)の方に見えるのは新日本製鐵大分工場です。全然関係ないけど小学校の時に社会見学に行ったことがアリマス。
真ん中右寄りの川が大分川。画像外北西方向に別府があります。

で、ちょっと拡大。
Oita22 西山城の北東の方には大友館があります。去年現地説明会の行った所です。大友館の北西方向に府内城が見えますが、当時はまだありません。このあたりからすこし北にいったあたり付近が当時の海岸線だったそうです。

で、周辺。
Nisiyamage2_1  なんとなく輪郭がわかるでしょ。ちょうど緑のラインになってるあたりが土塁跡と思ってもらっていいです。これに大雑把に区画をかぶせると次のように。

Nisiyama5

黄色の線が館の範囲。灰色斜線の部分は堀。茶色斜線部分は土塁です。ね、結構現在の様子と重なってるでしょ。土塁内と堀の部分はすっかり宅地化しちゃってるけど。北西の虎口部分は今は雑木林になってます。

で、地上の様子はというと、
A_2 A地点(東の堀の南端付近)。左の坂道が館への南入口。右側の下っていく坂のほうはかつて堀になっていたようです。


B B地点。A地点の少し西側。敷地内へ続く坂道。右側の雑木林の外側は崖。当時の道とまるきり同じみたいです。

C C地点。B地点の少し西側。鳥居の先が館南側の土塁付近で現在西山城の碑と案内板が建っています。写真手前あたりもかつては堀。

D D地点。館の北側斜面。画像は館の北西方向から撮ったもの。館はこのように上野台地からコの字状に北側へ突出した地に建てられていました。

上空写真を見てから行くとああそうかと思うのですが、見ずに行くと結構気づかないもんですね。

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